1. 結婚サービスは鎌倉時代から
大内豊春が、 OMMG 創業時から一貫して研究し続けてきた「より良い結婚」。そのルーツは、日本古来の「仲人」にたどることができる。大内の研究によると、職業として「仲人業」が始まったのは、鎌倉時代初期である。古文書「玉藻故事類苑札式部十四所」によると、この時代に「中媒」と呼ばれる職業が登場し、武士社会の出現により没落した貴族階層や政争に巻き込まれた武士階級の女性たちの身の振り方を斡旋する「ブローカー」的な業が興った。
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古文書に残る結婚相談所の前身の絵 |
江戸時代中期には、浪人武士や町人などの職業紹介を兼ねた「肝煎所」と呼ばれる「結婚媒介業」も確認することができる。この「肝煎所」「肝煎業」は川柳や瓦版などにも記述があり、一般の民衆の間にも定着していたことがうかがえる。
近代になると、大都市に人口が集中し、人口流動が激しくなったことで、地縁・血縁を頼りに結婚相手を捜すことが難しくなる。そうした社会的背景から、いわゆる「結婚相談所」が登場することになるのである。現在の「結婚相談所」は、明治 13 年( 1880 年)5月に、大阪で「養子女婿嫁妻妾縁組中媒取扱所」が誕生したのが最初。以来、明治・大正にかけ「高砂屋」の愛称で、庶民社会に親しまれた。同じ頃、新聞の普及に乗って、自分の略歴や相手の希望条件を掲載して結婚相手を捜す「新聞広告」も登場。そして、昭和8年( 1933 年)東京で、公立の結婚相談所が設立された。
また、第二次世界大戦後は、結婚適齢期の男子が減少したため、女性の結婚難が到来。これに対して、文化人らによって「結婚相談室」などが設けられ、以後、多くの関連企業が設立されるに至る。
そして、昭和 48 年( 1973 年)に、旧西ドイツのアルトマン社によって、会員の社会的条件や心理テストによる性格判断を情報としてコンピュータに登録し、蓄積された情報に基づいて最適とされる候補者データを定期的に紹介していく「結婚情報サービス」が誕生することになるのである。 |