ミラクルメーカー 〜リピート率・紹介率8割の旅行会社〜
5. 13坪のオフィス
その後、帰国した西は、小さな旅行会社に就職する。
西は、仕事に熱中した。しかし、利益を優先しようとする会社側と衝突し、お客との板挟みになることが多く、事務所にもクレームの電話が絶えなかった。
「お客の味方になる会社を作りたい」
西は、早々に起業を決意した。
3年いたら退職金がもらえると聞いていたので、西は2年11ヶ月で会社を辞めた。 「前の会社と同じ仕事を始めて競争相手になるのに、退職金なんてもらえない」
これが、西なりの筋の通し方だった。
さて、会社を始めるには、まずオフィスを決めなくてはならない。
西には、目を付けているビルが一つあった。名古屋の一等地にある「ブラザー栄ビル」だ。松坂屋本店が目の前にあり、名古屋の人なら誰もが足を運ぶ場所だった。西は迷わず、ブラザー栄ビルに交渉に行った。
「部屋、空いていますよね?」
現れた担当者に、まず西はこう切り出した。
「空いているといえば、空いている。空いてないといえば空いてない」
担当者は、ジロリと西を睨んだ。何のコネもない26歳の若者が、オフィスを貸してくれと言うのだから無理もなかった。
しかも、西は空いている100坪の敷地のうち、13坪だけを貸してくれと注文をつけた。担当者に無理やりビルの図面をコピーしてもらい、どこまで必要かを赤ペンで書き込んだほどだった。
挙句の果てに、暗いので窓も取り付けて欲しいと要求した。鉄筋コンクリート製のビルの壁に穴を空けて、窓をつける。専門家が強度を計算しないと不可能な工事だ。
「お客さんを相手にする商売だから、オフィスは明るくないと駄目なんです」
そう言って譲らなかった。
話を進めれば進めるほど、担当者の表情は強張ってくる。しかし、状況は西の一言で一変した。
「僕達、留学を斡旋する会社をつくろうと思ってるんです」
「留学って海外留学かい?」
担当者は身を乗り出して尋ねた。
実は、その担当者には、留学経験のある兄がいた。まだ、留学が一般的でなかった時代、渡航に大変な苦労を強いられたことを目の当たりにしていたのだ。
「留学の斡旋ですか! それはとても素晴らしい仕事ですね」
担当者は西に理解を示し、無理を承知で会社の上層部と交渉することを約束してくれた。
そして、オープン1ヶ月前の2月28日に見事、ブラザー栄ビルに入居することができた。しかも、窓も無料で取り付けてくれた。
「まさに、西の口癖のミラクルが起こった。あの時期は、幸運の連続だった」
西とともに辞職して起業に参加した同僚の村瀬恒雄(現ジェイエスティ副社長)は、当時をそう振り返える。しかし、この出来事も特別、不思議だと思っていないという。
「僕達は、留学が素晴らしいプランだと信じていた。前向きにがんばれば、絶対うまくいくと思っていた」
わずか13坪のオフィスを借りる、西が旅行会社をつくるために起こした、最初のミラクルだった。
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