ミラクルメーカー 〜リピート率・紹介率8割の旅行会社〜
9. テロに負けるな
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ちょうど西が9800円ツアーを企画した1994年頃は、格安航空券が出回り始めた時期でもあった。
ハワイやグアムへ北海道よりも安く行けるようになり、熾烈な価格競争が繰り広げられていた。ところが、ジェイエスティのオフィスでは、いつもと変わらぬ光景があった。
「おう、こんちは!」
スタッフは、遊びに来た友達を迎えるように、なじみのお客と接している。リピーターとなったお客さんが、また新しいお客を連れてきている。9800円ツアーの成功に奢ることなく、今までのようにお客に感動を伝えるスタンスを崩してはいなかった。
しかし、ジェイエスティは、全世界を震撼させた大凶事によって、過酷な逆風にさらされることになる。
深夜、何気なくつけたテレビで、西は信じられない光景を目にした。
巨大なビルに突っ込むジャンボジェット機。炎上しながら崩れ落ちるビル。2001年9月11日、ニューヨーク同時多発テロである。
翌日は、キャンセルの電話の嵐。それが終わると、オフィスにお客が全く来なくなった。
スタッフの動揺も大きかった。無理もない。日本全体の海外旅行者数は、テロ発生の9月で北米が56%ダウン、ハワイが41%ダウン。11月になると、北米は前年比の12%にまで落ち込んでいた。ジェイエスティでも、10月の売上は、前年比の半分の2億5000千万円にまで落ちた。
皆、すっかり元気をなくしていた。
ところが、このとき西が、社員を集めて言った言葉は、意外なものだった。
「11月までは仕事が少ないから、遊んでいいよ。けど12月になったらお客が戻って、前みたいに忙しくなるから」
そう言って、スタッフの半数に有給休暇を取るように指示したのである。スタッフが暇そうにしているだけで、オフィスの雰囲気は悪くなる。逆に忙しく働けば、それだけでオフィスは活気づく。有給休暇であえて人手を減らすことで、モチベーションを上げようとした。
そして、休暇をとるスタッフには、必ず海外へ行くように指示をした。
「お客さんの遊びをコーディネイトする僕たちが、遊びを知らなくてはね」
西自身、スタッフ8人と126回目のハワイへ出かけている。
スキューバーダイビング、フィッシング、スカイダイビング、ファームステイ。スタッフたちは、海外へ飛び出し、旅を楽しんだ。そして、その様子を写真付きで、会社のホームページに書き込んだ。現地で見つけたお薦めのレストランやホテルも紹介した。
西は、会社に残るスタッフに対しても、じつに不思議な言葉で励ましている。
「この10月に創業したと考えようよ。最初の月で2億5000万円も売上があるなんて、僕らすごいよね」
たしかに、2億5000万円の売上をいきなり、いつもの5億円にするのは難しい。しかし、激減した前月の売上なら越えられるだろう。明確な目標を持ったスタッフたちは、見違えるように動き始めた。
西の「作戦」はなおも続く。スタッフが楽しんで売上の目標をクリアできるように、セクションごとに17で割ったアフガニスタンの地図を作り、売上を越えるごとにゲームをクリアしたものとして地図に色を塗ることにした。
11月、日本の海外旅行者数は、9月、10月よりもさらに激減していた。しかし、ジェイエスティはわずか2ヶ月で、全てのセクションが10月の売上を取り戻した。
あるカップルは、テロを警戒して海外でのウェディングをキャンセルしたが、改めて申し込みにきた。ジェイエスティのホームページのスタッフ体験談を見て、海外でのウェディングを諦めきれなくなったのだという。
有給休暇で海外に出ていたスタッフたちは、どこが安全でどこが危険性が高いかを現地の生の情報としてお客に伝え、旅行プランを薦めることができた。スタッフの自信に満ちた言葉が、さらにお客を安心させた。
そして2001年の終わり、ジェイエスティではとうとう全てのセクションが前年比の売上を上回っていたのだった。
「西さん、祝勝会を開くので来てください」
12月のある日、西は若いスタッフに呼ばれた。
「祝勝会、何それ?」
「テロに打ち勝ったお祝いです。近くの居酒屋で打ち上げをするんですよ」
スタッフたちが、自腹で西を招待したのだった。西の言葉を信じることで、逆境の中でも結果を出すことができたスタッフからの感謝の気持ちだった。
祝勝会の中、西はスタッフ達にこう言って感謝の気持ちを表した。
「今まで、自分一人で起こしていたミラクルを、スタッフが全員の力を結集して起こしてくれた」
西にとっては、売上が前年を越えたことよりも、何倍も嬉しかった。
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