3. お経と社員教育の効果
森は企業の在り方について語るとき、いつも自らの人生と照らし合わせる。人の生き方や生き様を抜きにして経営は語れないと考えているからだ。
「人間とは、自分で自分の神様になる道を歩むことです」。
森はそう言う。
自分の神様とは、その人がその時々に考える自分の理想像のことである。最初は、「自分に対して絶対に嘘をつかない」といったような簡単なことでいい。その目標を達成すれば、また次の目標を設定する。自分の努力不足に対して言い訳をしないとか、自分の責任を人に転嫁しない、自分の知らないことを努力して少なくするなど、理想像を作って厳しく自分を律する。そういう人間こそが、会社や社会における「人材」というものである、という。
森は、この人間に対する深い洞察を「舞康偈(ぶっこうげ)」というお経にしたため、自らを律する大切な信条としている。
また、そうした考えは社員教育にも活かされ、人はなぜ一生懸命に生きるのかを一人ひとりが本当に自分のものとして理解してもらうために進めてきたことが様々な効果も生んでいる。
ある日、森の中学校時代の絵画の恩師が数度会社を訪ねてきて、「森君、君は大変良い会社を作ったね」とポツリと言った。そして、こう続けた。
「いろいろな会社を訪問するが、私のような老絵描きはうさん臭く思われるのか、歓迎されていないような応対が多い。それに比べて君の会社は玄関から社長室まで会う社員一人ひとりが『いらっしゃいませ』とニコニコあいさつしてくれるし、帰りも『ご苦労様でした。また、おいで下さい』と言ってくれるので大変気持ちがいいよ」とおっしゃった。
森はエチケットの域を超えて、お客様に心を伝えられる応対を自然体でやってくれている社員に対して、またそれを評価してくださった恩師に頭の下がる思いでいっぱいであった。
さらにはレクリエーション旅行で旅館の女中さんから、「ナビオさんは、こんな大勢の社員の宴会なのに酔っ払いや喧嘩、セクハラ、カラオケがなくて、よっぽど日頃からストレスのたまらない会社なんでしょうね。ほかさんとはひと味もふた味も違うので、驚きました」と言われることが再三である。
これらは社員一人ひとりが最も人間らしく生きるように考え、心がけている結果が言動にあらわれたものと思って、森はいつもうれしさを味わっている。
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