“おもてなし”が夢を生む 〜タクシー業に賭ける親子100年の挑戦〜
第二部 多田精一(相互タクシー株式会社 会長)
7. 自由化時代の開拓者
本来、タクシーの使命は、お客様を目的地まで安全に運び、しかもドア・ツー・ドアの行き届いたサービスで心地よく乗っていただくことである。タクシーが、一時的にお客様の命を預かる職種である以上、このことは相互タクシーが設立された昭和初期と何ら変わることはない。この「安全」「快適」「安心」をモットーにした企業姿勢こそが、創業者であり、父でもある多田清が長年築いてきた相互タクシーの「ブランド」である。
だが、平成 14 年から行政の指導のもとで始まった規制緩和・自由化の嵐は、この相互タクシーの企業使命の根幹を揺るがすことになる。
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「タクシー自由化は、業界に過度な競争をもたらした」 |
規制緩和によってタクシーの新規免許は、容易に取得することができるようになり、タクシー業界は新会社の参入、既存業者の増車が相次いだ。その結果、大阪の街にはタクシーが溢れかえり、乗車運賃も各社の値下げ競争、遠距離割引などのサービスで、一物多価の状態に陥った。なかでも、大阪は全国でも群を抜く激戦地帯。近畿運輸局の調査によると、大阪地区の供給過剰車両は規制緩和以前の3500台から6000台にまで膨れ上がった。
もちろん、利用者にとってタクシーの乗車運賃は安ければ安いにこしたことはない。だが、タクシー間の過剰な競争により、乗務員の1日の売上げは 10 年前に比べ 30 %以上も減少し、タクシー乗務員の生活は窮地に立たされている。
「自由化が実施されてから、タクシー経営者は乗車料金を値下げすることしか考えなくなりました。その結果、乗務員が車に寝泊りしながら働いていても、毎日コンビニ弁当しか食べていなくても全く関知しない。乗務員の生活が疲弊すれば、いずれ事故という形でお客様にも被害が及ぶのは目に見えています。日本のタクシーは、世界で最も安全で快適に乗れると言われてきましたが、この状況が続けば、それを維持することも不可能になるかもしれない」。
―運賃を下げることだけが、本当のサービスなのか。
精一は、激しさを増す価格競争と厳しい経営状況に耐えながら、「従業員の生活の安定」と「サービス=安全」という基本姿勢を死守してきた。それは、父である清が創業以来、培ってきた相互タクシーのブランドを守ることをも意味していた。
そして、精一は、値下げというサービスではなく、「いかに付加価値の高い新しいサービスを生み出していくのか」ということに腐心するようになる。 |